世界が世界であるために

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「ほら、これでいいんでしょ。アーンして」「あーん」もぐもぐ。「ひょうら、ほれれひひんら」「食べながら喋るのやめなさい」ごっくん。「誘拐犯に行儀を正される筋合いはな…ムグッ」もぐもぐ。喋っている人の口に、スプーンを突っ込むのはやめなさい。「おいしいかい?」ごっくん。「まあまあの出来ですね。うちのババアに比べたらまだまだですが」「ババアって…。あ、そういえばアトリちゃんはおばあちゃんと二人暮らしなんだっけ?」ここで暗転。ブラックアウト。どうして、そんな、ことまで、知ってるんだ。どうして、こんな、話に、なったんだっけ。「…ええまあ」「おばあちゃんのことをババアなんて、口が悪いにもほどがあるよ。…アトリちゃん?どうしたの?」「いいえ、なんでも。あーん」心の乱れを気取られないように、私は大口を開けて誤魔化した。「はいはい、アーン」誘拐犯は、父親のような、慈愛に満ちた瞳で、私の口に銀のスプーンを入れました。けれど、オムライスの味は、もう、しませんでした。
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