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彼女の剣幕に気圧され、困り果てていると、背後でドアの開く音がしました。救世主!…おっと、誘拐犯のことを救世主だなんて、私もどうかしてますね。「げ…浮雲」「ふーちゃあん!!」誘拐犯の嫌そうな声がしたかと思うと、美少女がパッと顔を輝かせて、走り寄って行きました。いま気付いたのですが、彼女の服装はいわゆるゴスロリ、というアレらしく(私はファッションには疎いのです)、可愛らしいフリルやレース、リボンがひらひらと私の視界を横切っていきました。「おまえ、なんでいるんだよ。今日は出てくるなっつったろ」「だってだってぇ!ふーちゃんたら、知らない女の子連れてくるんだもん!全部見てたんだよ?アーン…なんて、浮雲にはしてくれないくせに!!」「だっておまえ、食えないじゃん」「ぶー!!」なんでしょう、この会話。一見冷血漢とダメ女の会話なんだけど、違和感を感じます。「あのう…誘拐犯どの?」「あ、ああ…ごめんねアトリちゃん、起しちゃった?ちょっといま、独りごとを…」「はあ、あなたに起されたわけではないので、大丈夫ですよ。それより…その子は?」「え?」「いや、その子は誰なんですか?新しい人質?」誘拐犯はつかつかと私の前へきて、驚愕の表情を浮かべます。その腕には、美少女が強力な磁石のようにくっついて離れません。「もしかしてアトリちゃん…浮雲が視えるの?」「はあ?」このトンチキ誘拐犯は、なにを言っているのでしょうか。「見えるもなにも、あなたの隣にいるではありませんか」「すごいや!アトリちゃん!!」「はああ?」「浮雲は、普通の人には視えるはずがないんだよ!」「意味がわかりませんが…からかってます?」「浮雲は、幽霊なんだ」俄かには信じがたいことでした。ですが…浮雲と呼ばれる美少女は、身体がところどころ透けていましたし、何より決定的だったのは、彼女のつま先は床から五センチほど浮いているという事実でした。「よかったな、浮雲!僕以外にもおまえのことを視える人がいたんだ!」嬉しそうな誘拐犯とは対照的に、浮雲さんは浮かない顔をしていました。「べっつにー、嬉しくなーい」「またおまえは…素直じゃないんだから。ほんとはうれしんだろ?飛び上がってみろよ。ほれほれ」誘拐犯は浮雲さんのわき腹を小突いて言いました。「ふーちゃんうるさいっ!今そんな気分じゃないんだよっ」
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