古城の長い一日

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お酒は強くない方だけど、少しなら問題無い筈。 二、三口呑んだだけで仄かに躰が温まって来る。葡萄酒でも少し度数が高めみたい。気分も幾らか和らいだ。 さて、此からどうしようか。メルのやり方を見倣って、もう少し城内を調べてみようかな。どうせ暇だし、何より此の鍵の用途が気になる。 態々、肖像画の中に隠してた位だから余程大事か、価値の有る物には違いない。此自体がお宝なのかもしれないけど。 あたしの眼には絢爛に過ぎる鍵を仕舞い、荷を纏め直すと、手入れを終えた剣を腰の剣帯に戻す。そしてランタン片手に、先ずは地下から探ってみようと、階段を目指した。 城の西側――使用人用の寝室らしき小部屋が並ぶ通路を過り、南に造られた広い厨房の中を通って、食料庫と思われる小さな窓が一つ有るだけの冷々とした石床の部屋に入る。その奥に地下への狭い階段は設けられていた。 前に降りた時には、空の酒樽や壊れた木造棚の破片なんかが散乱していただけだったから、直ぐに戻って来ちゃったのよね。注意深く探せば、何か見付かるかも。 雨の所為か、湿って滑り易くなってる石の階段を用心して降りると、ランタンを翳し改めて見渡してみた。 壊れた棚は、酒樽の中身をくすねた兵士達が酔った勢いで破壊したんだろう。傭兵の中にも、酒癖の悪い手合いは大勢居た。 戦終りでの酒宴の際、未だ子供だった内は何時もメルの背中に隠れて、気紛れな貴族達のくれたお菓子を食べながら、連中が酔い潰れて寝静まるか、婦達を求めて駐屯地を出て行くのを待ったっけ。 そうしてやっと、戦が終わった事を実感出来たんだった。あの頃は本当に、何時死んでもおかしくは無かったから。死への恐怖が、子供だったあたしを幾らか強くしたのかもしれない……それが只の虚勢だったとしても。 ……何だか今日は、昔の事を思い出してばかり。メルに会った為所もあるかな。 棚の残骸を避けながら一番奥迄、行ってみる。幾つか転がってる黒ずんだ銀のゴブレットは、上の厨房から持ち込まれた物だろう。 メルの真似をして壁を探ってみるけれど、手触りの違う石なんて無い。お酒の貯蔵庫だったみたいだし、此処には何も無いのかも。 壁伝いに歩いてたら、不意に右足が何かごわごわした物を踏んだ。葡萄酒か何かの沁みで汚れた、粗い毛織の敷物。 その黴臭い匂いに辟易しつつ、ブーツの爪先で端を捲ってみたけど、何かが隠されてる訳でも無かった。
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