古城の長い一日

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やっぱり、此処は外れだわ。 思い、上へ戻ろうとしたけれど、不意に人の気配を背後に感じた気がして、反射的に剣の柄を握りながら振り返った。けれど当然、誰も居ない。 気の所為かな。さっき飲んだ葡萄酒の所為かも。人が居る訳が無いし……。 ……居るとしたら。 剣を抜き、傍に転がっていた酒樽に勢い良く突き刺す。鉄の剣が木板を貫き、古い樽に亀裂が走る派手な音が地下室に響いた瞬間、それに反応して奥の方からくぐもった悲鳴が聴こえて来た。子供? 「隠れてないで出てらっしゃいよ。あたしは別に、盗賊や追い剥ぎの類じゃ無いから」 怒声にならない程度に張り上げた声でそう告げると、地下室の一番奥、横倒しに転がっていた酒樽の中から、微かな物音が反応した。 それから小さな唸り声が漏れ出して来て、軈て酒樽の蓋を内側から叩き始める……出られない訳ね。 傍へ行き、きつく合わさった樽の蓋を何とか抉じ開けると、薄汚れた樽の中に居たのは、こんな廃城の地下室には場違いなとても可愛らしい女の子だった。 僅かに乱れた艶々の赤金色の髪に、少し頼り無さ気な空色の大きな瞳。何処かの御嬢様の様な、上等な生地をたっぷり使った明るい茶色のドレスを着ている。歳は七つか八つ位か。 「貴女、どうしてこんな処に?」 誘拐でもされて、此処に閉じ込められていたんだろうか? 考えて即、否定する。あたしは三日前から此の古城に居るけれど、メル以外の人間が出入りするのは見ていない。此の娘の元気そうな様子から鑑みても、三日以上も閉じ込められて居たとは到底思えないし。 取り敢えず事情を訊く為、その腕を取り、樽の中から小柄な躰を引っ張り出して立たせてあげると、此方を観察する様に繁々と見上げて来た少女は、見た目通りのおっとりとした口調で訊ねてきた。 「……貴女は騎士様?ラズの御友達?」 騎士様って……剣を提げてる所為で、そう見えるんだろうか。実際、女性の騎士も居るし。 「騎士だなんて、とんでもない。あたしは傭兵よ。と言っても解らないか」 「傭兵さんなら知っています。ラズが教えてくれました。野蛮だけれど戦場に立てば、命を惜しむ貴族達の代わりに沢山戦ってくれるって」 あらま、可愛い顔と口調で、そんな皮肉も言える訳ね。ラズとやらの教育の賜物かしら。 「まあ、間違ってはいないわ。最近ではそう言う仕事は減ってるけどね。あたしはアリェーツァ。アリーで結構よ。貴女の御名前は?」
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