古城の長い一日

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「はい。ティーチェルカと申します」 告げられたその名に、引っ掛かるものを覚えた。 何処かで聞いた様な名前だけど……そう、何時だったかメルが――。 ――昔の友人から聞いたのだが、王子の正妃もやっと御子に恵まれたそうだ。生憎、産まれたのはまた姫君らしいが。姫の名は……。 思い出して一瞬、背筋が凍り付く様な感覚を覚えた。確か、現国王に嫡出の姫が誕生したのは、八年程前。 「貴女、ティーチェルカ王女なの!? 王女様が何で酒樽の中になんか……そもそも、どうしてこんな処に一人で居るの?」 驚きながらも、眼前の少女が王女の名を騙っているとは思えずに、急いた口調で訊ねてしまう。 「あの……誰にも内緒にしてくれますか?でないとラズを困らせてしまいます」 「ええ……王女様が、御望みなら」 メルが戻って来るのはどうせ明日だし。そう思って了承すると、ティーチェルカ王女は可愛らしい笑顔を見せてくれた。王や王妃に溺愛されているらしいと言う噂だけれど、納得の可愛らしさだわ。 「取り敢えず、上の階に行きましょうか。此処よりは明るいから。お腹は空いてない?」 訊ねてみると、幼い王女は頸を振ってみせた。 「いいえ。此方に来る前に、御城で御食事を頂いて来ましたから」 「……王都から此処迄、馬車でも五日は掛かる筈だけれど」 「ラズの魔法なら、一時間も掛かりません」 満面の笑顔で告げる王女様。魔法での移動手段となると、高速の飛行魔法か転移魔法だろうか。それなら時間が掛からないと言うのも納得出来るけれど、そのラズって奴も、此の城内の何処かに居るのかしら? 魔術師らしいけれど、王女を酒樽の中に押し込めた上に剰(アマツサ)え一人きりにしておくなんて……やっぱり、誘拐? 此処で考えていても、仕方無いか。上に戻ってから事情を訊いてみよう。 濡れた階段で転ばない様、王女の手を引きながら一階に戻って来ると、厨房を抜け、入口脇の肖像画のあった小部屋迄、案内した。テーブルと椅子が残されていた唯一の部屋だったから。 「御城なのに何も無くて、吃驚したでしょうね」 此処に来る迄に、小さな頭を頻りに左右に回らせて城内の様子を気にしていた王女に訊ねてみると、メルが額に戻しておいた肖像画に眼を留めていた彼女は、頷いてみせる。 「はい。エニアスの御城とは全然違います」 エニアスは此の国の首都。王家の居城が建つ都だ。
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