古城の長い一日

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また今日も雨。 雨は嫌いじゃないけれど、武具の手入れを怠ると直ぐに錆び付く。只でさえ古びている剣は、鞘を縁取る銀の装飾が黒ずんで来てるのに。 風化で端の落ちた石のテーブルに両肘を突きながら、何とは無しに溜め息を吐いてみる。 旨い話には裏が有り、商人共は揃って裏の顔を持つ。解り切ってる事だし、食い扶持を稼ぐのに仕事の選り好みはしていられない。何より、戦場暮らしよりは余程マシ。 此の国――リンゲンデールで傭兵の仕事が極端に減少してから丁度、丸三年。何とか生きては来れたけれども。 硝子の割れ落ちた窓から視線を移すと、蜘蛛の巣に塗れた貴婦人の青い瞳と眼が合った。此の古城に唯一残されていた肖像画。 その絵具の塊を相手に、内心で問い掛けてみる。 戦場を駆け廻っていた傭兵が今じゃ、こそ泥みたいな真似してる。滑稽じゃない? 三年前に廃城と化した古城の持ち主は、此の手に掛けた兵士達の大将だった。そうと知ったのは、此の仕事を請けた時だったけど。 その伯爵様がどんな死に様を迎えたのか迄は、一介の傭兵に過ぎないあたしには知る由も無かったけれども。 傭兵とは言え、剣の腕を誇りに生きていた筈のあたしが、賊紛いの仕事に甘んじてるんだ。さぞ滑稽でしょう? 幾らかは怒りも治まったかしら? 今じゃ蜘蛛の巣塗れの貴女はきっと、戦場の事なんて御存知無いでしょうけど。 無意味な問い掛け。少し疲れてるのかも。 収穫無し。この儘、戻っても依頼主の商人に嫌味を言われるだけ。城の住人が消えてから三年も経つんだ。目ぼしい財産は皆、軍や近隣の住民が根刮ぎ持って行ってるみたいだし、今では此の辺り一帯の土地が無人と化してる状態だ。 ……それ位は、あの老いた商人も把握していた筈。なのに今更、何を探せと言うの? 仕事を探していた時に、依頼の貼り紙を酒場で見たのが一週間前。今日とは正反対に清々しい程、澄んだ青空が広がる日だった。 そう。あの日迄は晴れていたのに、その翌日からずっと雨。依頼も達成出来そうに無いし、気分も沈む。 今度は本物の溜め息が出そうに為ったけれど、ふと雨音に紛れる様な人の足音を聴き付けて、手入れを終えたばかりの剣を取った。 足音は一歩毎に派手な水音を撒き散らしながら、確実に此方へと近付いて来る――。 盗賊の類である可能性が高い。一人だけみたいだけれど、油断は禁物。こんな時、戦場で磨いた勘が役に立つ。
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