古城の長い一日

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今、あたしが居る場所は古城の一階、入口の直ぐ傍に設けられた、恐らくは使用人達が詰めていたであろう休憩所の様な小部屋だった。 城入口の観音開きの扉は片側の蝶番が外れていて、頑丈そうに造られた鉄扉もその役目を果たせてはいない状態だ。半分口を開けた儘、今は雨風の浸入を許している。 足音が、ぬかるんだ地面の水溜まりを踏むそれから湿って重たくなった絨毯を踏む鈍い音に変わった。城内に入って来たみたい。 部屋の小窓に近付いて様子を窺うと、妙に見覚えの有る後ろ姿が視界に飛び込んで来た。雨に濡れて重たく垂れた濃紺の長いマントの裾から、一切の飾り気を排した長剣を覗かせている、長身の黒髪男。 「誰かと思ったら、あんたもあの爺さんの依頼を請けて来た訳?」 「ん?その瑠璃の音の様に清澄で麗しき声は――アリェーツァか」 「……相変わらずね、メル」 メルこと、シュナイメル・ウィンザーは、元は中流貴族の生まれながら様々な不運が重なった事に因り、今では傭兵としてその日暮らしを送っている不遇な男だった。 あたしが未だ十五、六の小娘だった頃は、不覚にも淡い恋情めいたものを抱かされたりもしたけれど……貴族出身なだけあって顔だけは良い奴だから。 まあ、ちょっと気障な嫌いは有るものの、そんなに悪い人間でも無いんだけど。 此の雨に、すっかり濡れ鼠に為っちゃって――お気の毒様。 「先に向かった女傭兵と言うのは、お前の事だったのだな。リガル伯爵の隠し遺産は見付かったのか?」 濡れて頬に張り付いた髪を、元貴族らしく優雅な仕草で払いながら、にこやかに訊ねて来る。 「そんな物、とっくに誰かが持ち去ってるわよ。金目の物なんて鐚一文、転がってないわ」 「ふむ。そう結論を急(セ)く事も無い。少し城内を巡ってみよう」 暢気な口調で言うなり、メルは小部屋の中に入って来た。蓄積された埃で黒ずんでいる白絨毯に、ポタポタと水滴が落ちては染みを作る。 「その前に、少し拭いたら?」 見兼ねて荷物の中からタオルを出し、手渡そうとすると、革手袋の掌に押し留められた。 「その白い膚に触れる物を汚す訳にはいかない。いかんな、降り止まぬ雨に、すっかり無精に為っていた」 「ほんと、相変わらずよね」 こうして会うのは半年ぶり位に為る。普段は身形にも其なりに気を遣う男だけれど、此の雨じゃ無頓着に為るのも仕方無いか。
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