古城の長い一日

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背負っていた背嚢を下ろしたから自分のタオルでも出すのかと見てたら、小さな布袋が出てきた。その中から角水晶の様な形状の、綺麗な青い石を取り出してみせる。魔法石だ。 澄んだ青は空の色。大気と風の魔力を帯びたその石を手に、メルが古代語の短い呪文を唱えた瞬間、彼の周囲に強い風が巻き起こったかと思ったら、ずぶ濡れだった髪もマントも、その下の鎧まですっかり乾いていた。 「便利な物、持ってるのね。何処で手に入れたの?」 「知り合いの魔術師に借金のカタに造らせてな。金は戻って来そうに無いが、まあ色々と役立っているよ」 魔術師の知り合い……思い当たる顔が浮かびはしたけれど、黙っておく。あいつだとしたら関わりたくない。 「さて。アリー、城の中は隈無く見て廻ったのか?」 「勿論。奥の広間に入口の暴かれた隠し部屋らしき処を見付けたけど、空の木箱しか残ってなかったわ。やっぱり、誰かが持って行った後なんじゃない?」 「ふむ……」 頷きながらも、そのエメラルドみたいな緑の瞳は何処か一点を見据えていた。視線の先を追うと、あの貴婦人の肖像画にぶつかる。あんな年増が好みじゃあ無かった筈だけど。 乾いて軽くなったマントを颯爽と翻らせながら、メルは肖像画へと近付いて行く。蜘蛛の巣を取り払い、壁際に無造作に立て掛けられていた子供の背丈程もある大きさの画を裏返して床に置くと、額縁の爪を起こして裏板を取り外し始めた。 古びた額縁は金や螺鈿の細かな細工で縁取られていた様だけれど、その大部分が削り取られていて、木の骨組みが剥き出しに為っている。元々は別の場所に飾られていたんだろう。 「そんな画なんて、どうする訳?」 まさか妻君の肖像画が、伯爵の隠し遺産なんて事は無いだろうし。 思う内に鉄製の爪が全て起こされて、裏板が取り外された。 「やはりな」 確信を得た様な呟きに、その手元を覗き込んでみて驚いた。画と裏板の間に、小さな宝石の粒がびっしりと埋め込まれた黄金の鍵が隠されていたから――。 額縁を削り取った人間も、此には気付かなかったみたい。鑑定眼なんて持たないあたしが見ても、高い値が付きそうな代物だ。 「凄い……何で判ったの?」 「此だ」 メルがその手よりも長い鍵を取り上げてみせると、画の一部に円い穴が空けられているのが判った。その穴と同じ大きさの青色の石が、鍵の中央部分に埋め込まれている。
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