古城の長い一日

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意識を切り換えつつ、壁にぽっかりと口を開けた、人が一人通り抜けるのがやっとな程度の狭い入口の前で立ち止まった。 其処だけ深紅の絨毯の色が周囲よりも幾らか鮮やかに残っているから、家具か何かで塞がれていたのは間違い無い。 「成る程な。隠し部屋と言うよりは、隠し通路か」 「通路って……此の先は小部屋で行き止まりだったわよ」 その突き当たりに空の木箱が転がっていたんだけれど、他には何も無かった。 「まあ、行ってみよう。灯りは有るか?」 「此で良い?」 携帯用の小型ランタンを差し出すと、メルはそれを手に狭い入口を潜った。その後を追い、直ぐに狭い小部屋に突き当たる。 暗くて湿った空気の漂う其処は、石組みの壁の所々が苔生していて、あまり長居はしたくない場所だった。二人で入ると更に狭く感じるし。 空の木箱は素通りして、メルは壁を何やら手探りで調べ始めた。その手が不意に止まる。 「此処だけ、違う石が組み込まれているな」 「……ほんと、よく見付けるわね。今度は何が違うの?」 「手触りさ」 メルの右手が一見、周囲に組まれた石と変わらない様に見える石を押し込むと、壁の一部が奥へと擦り下がって行き、次いで横へと移動して行った。 そうして開いた壁の先に、更に奥へと続く通路が現れる。 「我が家の先祖に、こう言ったからくりを好む人間が居たらしくてな。生家の屋敷には此と似た様な仕掛けも設けられていた。幼き頃に、何度も遭難しかけたよ」 「どんな御屋敷よ……まあそのお陰で、此の仕事は片付きそうだけど」 呆れながらも、小さなメルが御屋敷の地下や屋根裏みたいな処で途方に暮れてる姿を想像したら、ちょっと笑いそうに為ってしまった。けれど釣られて自分の幼少期をも思い出してしまい、笑いも引っ込む。 「どうした?」 様子を窺う様に、綺麗な緑瞳が見下ろして来る。 「余計な事、思い出しちゃった。先を急ぎましょう」 昔の事は、メルも知っている。だから軽くあたしの髪を撫でると、先に通路に入って行った。その余裕が、気分を少し落ち着かせてくれる。 眼の前の背中が、あたしを護って逝ってしまった大きな背中と重なって見えていたのは、何時迄だっけ。流石にもう、そんな感傷に浸る事も無くなったけど。 駄目だ――今は仕事に専念しよう。 同じ様な石組みの通路を歩いて行くと、鉄製の小さな扉がランタンの灯りに照らし出された。
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