古城の長い一日

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隅の方が大分、赤錆びている扉に鍵は掛かっておらず、メルが取っ手を引くと軋んだ嫌な金属音と共にパラパラと錆を落としながらも、呆気無く開いた。 「やはり、隠し部屋が在ったか。そろそろ伯爵殿の遺産と対面出来るかな?」 暢気に言いつつ、あたしの身長程しかない扉を身を屈めて潜ろうとしたメル動きが、不意に止まる。その背に塞がれて、あたしの位置からは何も見えないけれど。 「何か見付けたの?」 マントの背を軽く叩きながら訊ねると、部屋に入り背筋を正したメルは、静かな口調で告げた。 「ああ……財宝と、子供達だ」 「子供達って……」 嫌な予感がしたけれど、メルに手を引かれて部屋に入ってみると、煌やかな宝飾品や眩い光を放つ金塊が山と積まれた中に、幸福そうな笑顔を振り撒く、三人の子供達の肖像画が埋もれていた。 十歳位の女の子と、幼い二人の男の子――積もった埃に薄汚れ、蜘蛛の巣に塗れてはいたけれど。 ……遺体とかじゃ無くて、良かった。戦場暮らしで兵士の死体は見慣れてるけど、子供のなんて見たくない。 それにしても、伯爵は余程の家族思いだったのかしら。宝物庫に肖像画なんて普通は置かないだろうし。 「此の辺りでは昔、疫病が流行っていたらしいからな。特に子供や老人には多くの犠牲者が出たらしい」 「じゃあ、此の子達も……」 そう言う事か。大事な家族の画なら私室にでも飾ってそうだけど、辛い記憶を伴う物ならば、普段は眼につかない処に置いても不思議じゃない。 感傷に浸りたくなった時にだけ、伯爵は子供達に会いに来てたのかも。山程有る財宝で、豪奢に飾り付けて……。 ……ほんと、貴族の人生にも、色々とあるらしい。 「……兎も角、此処が宝物庫の様だな。前の小部屋にも、宝物庫に似せ偽装する為の財宝が幾らか置かれていたのだろう。だから見付からずに済んだのだろうな」 「そうかもね……けど、それなら此の鍵は何なの?」 伯爵夫人の右眼だった鍵を見つめながら、疑問を口にする。見る限り、宝箱の様な物は見付からないし。 「ふむ……取り敢えず、依頼主に報告に行って来よう。此だけの量を二人で運び出すのは到底無理だしな。アリー、君は此処で待っていてくれ」 「そうね。でも先に昼食にしない?大した物は無いけれど」 広間に戻ると、雨足は変わらず強い儘だった。また濡れ鼠に為っちゃいそうだけど、あの魔法石が有れば風邪を引く事は無いだろう。
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