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大きな戦が久しく無い昨今、剣を持つ人間は、はっきり言えば平和の妨げになるだけなのだ。
ホワイトハート家はロック郷の守衛を代々担ってきたが、段々と肩身が狭くなってきて、今では農家と称しても差し支えない。
訓練は怠っていないが、戦に出たことはクロもドモルも無かった。
殺生といえば、さしずめ猪や熊くらいである。
「それを言うなら、親父だって隣の家のレスターおばさんにメロメロじゃないか。母さんが生きてたら、きっとカンカンだよ」
「………!」
さっと顔に血の気をたぎらせて、ドモルはクロを食いつかんばかりに睨み付けたが、急に目を逸らして、種をまき始めた。
その顔にはもう血の色なんて無かった。
お互いに口を利かなくなり、種まきの仕事は黙々と進んでいった。
ようやく端に着いたので、折り返す列にクロも加わった。
小さな穴をいくつか開けて、種をそこへパラパラと注いでいくだけなのだが、中腰の姿勢が続くため、それなりに骨の折れる作業だ。
土の匂いを春風がそっと拭い去り、ほのかな花の香を運んでくる。
おそらく休憩をしている者達の物だろう笑い声が響く。
後悔と居心地の悪さを感じているクロに向かって、ドモルがふと口を開いた。
「エルザのことはもう言うな。流行病だったんだ」
「…うん、それもわかってる」
春の日差しは強く、クロは額に流れた一滴の汗を拭った。
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