45人が本棚に入れています
本棚に追加
食欲がわかず、あまり人の多いところにも寄りつきたくなかったのだ。
ふとしたことで、クロはこういう状況に陥る。もう母の死は受け止めている、と彼自身は思っているのだが、未だに冗談の一つにさえ出来ない。
いつかは克服しなければならないが、ずっとこうやって過ごしていたいとも彼は考えていた。
もし、クロの悩みをヴィナが聞いたなら、その時こそ頬の一つでもひっ叩いて、何か叱咤の言葉を彼にぶつけるだろう。
いや、案外に何も言わないかもしれない。
乱暴な行動に似合わず、ヴィナは聡い少女であった。
彼女の気配りに何度か救われているが、クロは未だに感謝の言葉を返しておらず、またヴィナも気恥ずかしさからか、そういうやり取りを故意におざなりにしているようだった。
こればかりはいつか成さなくてはならない事柄である。
そのようなことをつらつらと考えているうちに、クロは自分が畑からだいぶ遠ざかってしまっていることに気付いた。
苦笑をこぼして引き返し始めた彼は、そこで菜の花の草原に佇む人影を見つけた。
「ヴィナ?」
生命を感じさせる黄色の群の中、目深にハンティング帽を被った少女が立っている。
耳当てがあるため、一見で横顔を判別することは難しいが、村でハンティング帽を被るのはホワイトハート家とジオディ家だけなので、見当をつけることは容易であった。
彼は畑の方を見やり、少しくらいなら大丈夫だろうと勝手に決めて、草原に足を踏み入れた。
最初のコメントを投稿しよう!