45人が本棚に入れています
本棚に追加
何の根拠もないのに、それが自分の物だと思ってしまうのである。
手に取りたい、独り占めにしたいという欲求が彼を忙しなくはやし立てる。
『この剣は落ちている物。それを拾って何が悪いだろうか。むしろ誉められて然るべきではないか。平和なロック郷に謎の剣などあってはならない。自分は守衛なのだから、あらゆる危険から郷を守らなければならない。さあ、拾え。我が物にしろ!』
彼の心中は激流と化していた。
しかし、また別のクロが叫ぶ。
『駄目だ!それを拾ってはいけない!その剣は悪い物だ!わかっているだろう!?』
はっと息を呑んだクロは伸びかけていた手を引っ込めた。
自分では手に負えないと本能的に悟り、彼は振り返ってヴィナに父親を呼んでくるように頼もうとした。
でも、それは叶わなかった。
いつの間にかヴィナはしゃがみ込んでいて、クロが振り返ると同時に手を伸ばしていた。
「駄目っ!」
反射的に出た制止の言葉は意味をなさず、クロは辛うじて彼女の腕を掴んだが、ヴィナの手は剣の柄を握ることに成功した。
彼女はゆっくりとそれを持ち上げて、黒い艶をぼんやりと見つめている。
クロのこめかみを一筋の汗が伝った。
最悪の予感が彼を包み、今すぐにでも場を立ち去りたい衝動に駆られながら、しかし、ヴィナの腕からは決して手を離さない。
時が止まったかのような静寂。
温かな風が止み、草木は沈黙の傍観者に変わり、鳥や獣までがその声を押し殺しているようだ。
畑からの笑い声も遠く消え去り、クロとヴィナは無音の世界に迷い込んだ。
やがて、クロはヴィナの手が震えだしたことに気付く。
そして、震えているのは少女の手ではなく、剣自体であることを察した。
「それを離して!」
言われるが早いか、ヴィナはようやく我に返って剣を手放した。
同時に、凄まじい閃光が柄の石から放たれた。
最初のコメントを投稿しよう!