第一章第一節~平穏~

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 何の根拠もないのに、それが自分の物だと思ってしまうのである。  手に取りたい、独り占めにしたいという欲求が彼を忙しなくはやし立てる。 『この剣は落ちている物。それを拾って何が悪いだろうか。むしろ誉められて然るべきではないか。平和なロック郷に謎の剣などあってはならない。自分は守衛なのだから、あらゆる危険から郷を守らなければならない。さあ、拾え。我が物にしろ!』  彼の心中は激流と化していた。  しかし、また別のクロが叫ぶ。 『駄目だ!それを拾ってはいけない!その剣は悪い物だ!わかっているだろう!?』  はっと息を呑んだクロは伸びかけていた手を引っ込めた。  自分では手に負えないと本能的に悟り、彼は振り返ってヴィナに父親を呼んでくるように頼もうとした。  でも、それは叶わなかった。  いつの間にかヴィナはしゃがみ込んでいて、クロが振り返ると同時に手を伸ばしていた。 「駄目っ!」  反射的に出た制止の言葉は意味をなさず、クロは辛うじて彼女の腕を掴んだが、ヴィナの手は剣の柄を握ることに成功した。  彼女はゆっくりとそれを持ち上げて、黒い艶をぼんやりと見つめている。  クロのこめかみを一筋の汗が伝った。  最悪の予感が彼を包み、今すぐにでも場を立ち去りたい衝動に駆られながら、しかし、ヴィナの腕からは決して手を離さない。  時が止まったかのような静寂。  温かな風が止み、草木は沈黙の傍観者に変わり、鳥や獣までがその声を押し殺しているようだ。  畑からの笑い声も遠く消え去り、クロとヴィナは無音の世界に迷い込んだ。  やがて、クロはヴィナの手が震えだしたことに気付く。  そして、震えているのは少女の手ではなく、剣自体であることを察した。 「それを離して!」  言われるが早いか、ヴィナはようやく我に返って剣を手放した。  同時に、凄まじい閃光が柄の石から放たれた。
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