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どうやらクロの介抱のために来てくれていたらしかった。
どうしてもっと早く気付かなかったのか、とクロは後悔したが、やはり父親が妙な噂を流していることについての苛立ちがそれを上回っていた。
「だって、あんなことがあったんだから、心配なのは当たり前じゃないか…」
ぶつぶつとレスターが出て行った戸口に文句を言ってから、彼は居間の奥へ進み、廊下を通って行き当たりの扉の前に立つ。一応、ノックをして自らの名を言挙げした。
「入りなさい」
ゆったりとした翁の返事を聞き、クロは静かに戸を開ける。
「ああ、ちと散らかっとるでな。気をつけて歩きなさい。世には蹴飛ばしても一向に構わぬ書物もあるが、残念なことに、ここにあるのはどれも貴重じゃからの」
エゾ翁は自分の机に着いており、眼を細めて羊皮紙と向き合っていた。
ゆえに、部屋に入ってきたクロには一瞥もくれていない。彼を孫のようにかわいがっている村長にしては珍しいことである。
「知ってますよ。何度ここに来たと思ってるんですか?」
軽口を叩いてはいたが、クロは内心で部屋の様子に驚いていた。
村長の部屋は壁という壁を本棚が覆っている。それら本棚に収まっているはずの約半数が床に散乱しているのだ。
エゾ翁は普段から整頓を億劫がる質ではあったが、今回ばかりは酷いとクロは感じた。
部屋を進むために足場の探索に四苦八苦していると、クロは半ば本の山に埋もれるようにして椅子に腰掛けているヴィナを見つけた。
彼女もクロに一切の視線を投げていない。
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