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「だけど、再び剣が現れてしまった今は違う、と言いたいの?」
エゾ翁の言葉の隙間を狙いすまして、クロは先手を述べた。その彼に翁はゆったりと頷いた。
「信じられんことじゃろう。儂とて戸惑いを禁じ得ん。実はの、儂も一本の剣のことについては半信半疑であったんじゃ。いかなる魔法をもってしても世界を変えることなど叶わぬ。神の御技というが、残念ながら儂は神を信じておらん。どうして剣を作るなどという面倒な段取りを踏んだのかもわからん。ただ、わかっていることは――」
そこでエゾ翁はオレンジやオリーブの畑の方を眺め、平坦な口調で続けた。
「史上二度目となる大戦が始まるかもしれぬ。一刻も早くあの剣を安全な場所へ移さねばならんということじゃ」
「戦が…?」
驚くクロを尻目にエゾ翁は屋根につり下がっている鐘を、間隔をあけて十回鳴らした。
各家の家長を召集するための合図である。
「急がねばならん。時はすでに訪れた。あとはただ流れてゆくのみじゃ」
ローブを翻して、エゾ翁は階段を下りていく。
その背を立ち尽くしたまま見送ったクロは先の翁と同じように、平原一杯に広がる畑や菜の花、そしてその向こうの森林、山々を見つめて、小さな溜息を吐いた。
空は青々と晴れ渡り、きっと今夜は満点の星空になるであろう。
しかし、クロの心の暗がりは消え失せることなく、彼を苛ませ続けるのだった。
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