第一章第一節~平穏~

3/13
前へ
/156ページ
次へ
 頭がすっぽり隠れる大人物のハンティング帽を被ったその人物は、クロの顔をのぞき込むように屈んだ。  しかし、全く起きる気配を見せない様子に辛抱できず、小さな右手で彼の左頬をつねり上げた。 「ぃぎっ!?」 「うるさい!怠けクロ!」  思わず声を上げたクロに、その人物は甲高い声で叱責を与えた。  残っていた左手も使って、彼の頬をあちこちに引っ張り続ける。 「みんな働いてるんだから!あんたもちょっとは手伝いなさい!」 「らっへ、ほへは、ほ、ちょっほ、はへ、ひはい!」  ぐちゃぐちゃにいじられているので、彼の口は満足に声を出せなかった。  その状況は十数秒続き、ようやく解放された頃には、やはりクロは立ち上がる元気を失して倒れていた。 「だから、起きなさいって!」  自分でそのような状態に陥らせておきながら、その人物、少女は大きな声を彼に浴びせた。 「ヴィナ…、滅茶苦茶だよ…」  ぴりぴりと痺れる頬を片方だけ押さえて、クロは立ち上がった。  そんな様子を少女、ヴィナ・ジオディは腕組みをして睨んでいた。
/156ページ

最初のコメントを投稿しよう!

45人が本棚に入れています
本棚に追加