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背中一面に付いている草を払い落として、改めてクロはヴィナと向かい合った。
身長ではクロの方が頭一つ分とリードしているが、ヴィナの気迫はそんな差を軽く吹き飛ばしてしまうほど強力であった。
実際、クロはヴィナに頭が上がらない。ホワイトハート家とジオディ家は古きより主従の関係にある。
遡れば一千年も昔の話になるらしいが、彼は何一つ聞かされていなかった。
年月は全てを磨耗させる。主従という関係もいつしか形式上の物になっていた。
だから、今、クロが執拗に小突かれているのも、決して昔からの因果ではなく、ただ単に彼が彼女に対して弱気なだけであった。
「痛いっ!ごめんなさい!ほら、人手は有り余ってるから、一人くらいいなくたっていいかなーってさ」
「言い訳してないで、さっさと畑に行きなさいよ!」
「でも、僕、ただの見張り番だから…。ちょっ!わかった、今すぐ行く!」
金髪碧眼のかわいらしい少女も、鬼気迫る顔で両手を振り上げている姿になれば怖い。
帽子のつばの下からは青い炎が揺らいでいる。
クロはたまらず駆け出し、その背中を、構えを解いたヴィナは溜息混じりに眺めていた。
「馬鹿…」
ぽつりと呟いた独白は、草原を駆け抜ける春風に霞んで消えた。
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