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「それから、俺の名前は『あの』じゃなくて『竜二』だ。ちゃんと名前で呼んで欲しい。言ってごらん」
「えっ?」
「練習だ」
葉月は複雑な表情を浮かべて俯いた。
竜二は黙って葉月の前に立っていたが、なかなか言い出せない葉月に「しょうがないな。じゃあこうしよう」と提案した。
「今から俺は君と離れて歩く。待って欲しかったら名前を呼べ。呼ばなければ放っておく」
「そんな……」
葉月が止める間もなく、竜二は歩き出す。
「あ――」
「早くしないと、さっきの犬が戻ってくるかも知れないぞ」
犬と聞いて、葉月は青くなって辺りを見回した。
竜二は知らん顔をしてどんどん歩いて行く。
葉月が小走りで後を追う。
しかし、通りに続くはずの路地を曲がった所で竜二の姿を見失ってしまった。
辺りは真っ暗で、しかもいつ又さっきの野良犬が現れるかも分からない。
不安そうに胸を押さえ、小さく名前を呼ぶ。
「竜…………二……」
途端、すぐ傍の植え込みの中で何かが動いた。
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