99人が本棚に入れています
本棚に追加
.
「葉月!」
竜二は思わず声を上げた。
頭から冷水を掛けられたように、一気に酔いが醒める。
「葉月―― そんな物置いて」
「嫌……来ないで。お願いだから……こっちへ来ないで……」
ポロポロと涙を流しながら哀願するように呟く。
ブラウスがはだけて、胸に残されたまだ新しい切り傷が竜二の目に飛び込んで来た。
「葉月ごめん――。悪かったよ。もうしないから、何もしないから包丁なんか置いて」
葉月はひどく怯えた目をして、首を横に振った。
包丁を握った手が、小刻みに震えている。
「嫌……」
「葉月、頼むから――」
竜二が一歩前に踏み出す。
「嫌ぁあああぁっ! 来ないでぇええぇっ!」
それと同時に葉月は包丁を離すと、身を翻して外へ飛び出した。
「待てよ! 葉月、何処へ行く !?」
竜二もすぐに後を追って階段を駆け下りる。
しかし、葉月の姿はもう何処にもなかった。
.
最初のコメントを投稿しよう!