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「阿部先生、ここ教えてくださーい!」
女子生徒の甲高い声で一真はハッとした。
朝のニュースを見た後何をどうしたのかも思い出せないが、一真は職員室の自席に座っていた。
手元には日直用の日誌が開かれてはいたが、何も書かれてはいない。
課外講座を担当している充が生徒から質問を受けているようだ。
その姿を遠目に映しながら、一真は自分の記憶を辿った。
“死亡2名・意識不明の重体1名”
そしてその犠牲者の名前を見て目眩が起きた。
“河原奈都(21)”
その名は今誰よりも一真にとって大切な名だった。それなのに―――――
(…俺はここで何をしているんだろう?)
彼女の元へ駆けつけたい想いは強いはずなのに、それが出来ずにいた。
最初は事態が受け入れられなかった。
しかしふと我に返ると、彼女の緊急事態に自分が側に行っても良いのかがわからなくなった。
自分にとってどれほど大切であろうと、彼女にとっての自分は知り合いの一人に過ぎないこと。
自分と彼女には名前の付く繋がりなど何もないこと。
それ以前に彼女が運ばれた病院すらもわからないこと。
駆けつけられない理由はいくつも具体的に上がるのに、駆けつけるための理由は自分の恋心のみ。ましてただの片想いだ。
そんなことが大人の自分に許されるはずがない。
そう瞬時に判断したからこそ、今学校にいる。けれども一真は心と体がまるでバラバラになったような感覚がしていた。
再び一真が考え込んでいると、誰かの声が一際ハッキリと一真の耳に届いた。
「―――河原って“あの”河原奈都ですか?」
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