三度目の夏。最後の打席。

2/7
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
 九回オモテ、ツーアウト。  俺は日本ではありえないほどの温度を記録している甲子園球場の中、それとは全く違う理由で上がっていく心拍数を感じながら、マウンドの上で大きくため息を着いた。  一度振り返り、三メートル近く塁から離れるランナーと、グラブを構える一塁手を確認し、目線を正面、三塁方向へ向ける。  つい数分前に三塁を盗まれた俺は、そのにくったらしいまでのランナーを睨みつけ、それさえまともに出来ていないことに気付いて、打席。バッターを見る。  三年生、エースで9番を打つソイツは、テレビや球場で俺が見るかぎりはいつもその表情に甘い笑顔を絶やさず、つねに同じ笑みを浮かべている。  この大会でもいくつものホームランを放ち、他にも投手として驚異的な記録を残した天才や神童、王子などと呼ばれるソイツは、満面の笑みで俺の方を見ている。  ソイツと目線があった瞬間に俺は目をつぶり、目一杯に息を吸う。  グラブの中に右手を入れ、その中にあるボールを深く握る。  そして出来るだけスムーズな形で左膝を腰の少し上まで上げ、目を開けるのと同時に体を傾けて、その体ごとホームベースに向かっていることを感じながら、抜くような感覚で右手に握るボールを放る。  今まで最も多く投げた全力投球とは全く違うスピードで、明らかに遅い速度で進むボールは斜めに回転していた。  俺の手元から離れたときは、ソイツの胸元を掠めるはずだったボールは大きく斜めに曲がりながら、ストライクゾーンに向かっていく。  一秒と無いはずのその間が疲れているせいか、やけに長く感じ、まるで夢でも見ているような感覚になる。  やっとでボールはホームベースの上に到達するが、その時には既にソイツのバットは寝ている状態で、ボールに向かってソイツを中心に四十度近く回っている。  しかし外側目一杯から曲がりづづけるボールは徐々にストライクゾーンから逸れていく。  静まり返った球場にボールがミットに収まるパン。という気持ちいい音が響き渡る。  完全にボールに目を奪われていた主審がソイツのバットが振り切られたまま固まっていることに気づき、一秒経ってやっとでコールをあげる。 「ストライィィク!」  俺はホッとして一息つき、一塁ランナーが二塁にいることに気づく。  キャッチャーもそれを見、ハッとしたような表情をし、立ち上がるが少し間を置き、一息ついたあと
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!