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落ち付かせようとした心音を、静かな声が乱す。
彼が触れていた場所がくすぐったい。頬を染めて私はうつむいた。
「また、上手いんだから……」
「絢乃にお世辞を言っても仕方ないだろ」
「航吾も格好良くなってるよ」
「それはどうも」
賞賛には関心なさそうに、彼が文庫本を開く。
彼がどんな男の子になったのか、どんなことを考えているのか、もっと知りたい。
ちらっと彼を盗み見しながら、私は読書の邪魔をした。
「私のこと、覚えてるんでしょう」
「……覚えてない」
「きれいになったって言ったじゃん!」
「……言ったかな」
「ついさっきじゃん!」
ぐい、と本を押しのけて、私は航吾を目を合わせた。
視線を近づけようとして、背伸びをする。
「私は覚えてるよ。わぎちゃんとあすかちゃんは付き合ってくれなかったけど、航吾はいつもおままごとに付き合ってくれた。着せ替え人形だって……」
「そんな恥ずかしい思い出、俺にはない!」
「私が男の子で、航吾が女の子に間違えられたり……」
「その記憶もない!」
「私は全部覚えてるよ!どうして、覚えてない振り……、うわっ」
背伸びで迫り過ぎて、足がよろめいた。
受け止めようとする航吾に倒れ込んで、顔や肩が彼に掠める。
それだけじゃなかった。
唇が当たった気がする。
航吾の耳たぶに。
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