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「今日はお兄様のクルト二等兵に関して少しお聞きしたいことがありまして、お伺いさせて頂きました」
エリーは黙ったまま、じっと耳を傾けている。
「お兄様は最近、こちらにお戻りになられましたか? 実は、一ヶ月ほど前からずっと行方知れずでして、我々も心配しているのです」
「いいえ、家には戻っておりませんが……」
一瞬陰った少女の瞳をじっと見つめながら、ワルトは言葉を続けた。
「ではどこか、お兄様が行きそうな場所に心当たりなどありませんか? 同僚の者たちにも聞いてみたのですが、皆、わからないと答えるばかりなのです」
「私たち家族は何も聞いてはおりません。お力になれず、申し訳ありません」
エリーは早口にそう答えると、黄ばんだスカートの裾をぎゅっとにぎった。
隠れていた妹のアナが、不安そうな顔でエリーを見上げている。
「……そうですか。いや、失礼しました。お兄様が行方知れずとなれば、ご家族の皆様もさぞご心配でしょう。何か思い出したことがありましたら村の駐屯地に行ってこの紙を渡して下さい。駐屯地の責任者であるロマ少尉に取り次いでもらえます」
ワルトはそう言うと右のポケットから紙束を取り出し、さらさらと紹介状を書き記してエリーに手渡した。
「わかりました……」
エリーは紙を受け取ると、アナの肩に手を乗せてそっと抱き寄せた。
ワルトは「では」とだけ言うと、ソーマを連れて足早に民家を後にした。
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