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「ワルト少佐! あのエリーとかいう子、絶対に何か知ってますよ。お兄さんが行方不明だと伝えたとき、明らかに様子がおかしかったじゃないですか」
路地を曲がったところで、ソーマは興奮気味にワルトに詰め寄った。そんなソーマを尻目に、ワルトは両手を後ろに組んで前をゆったりと歩いていく。
エタハ村は昼間だというのに人影も少なく、すれ違う者もいない。耳に入ってくるのは、二人の長い黒革靴がサクサクと湿った土を踏む音ばかりである。
「もう少し問いつめたら、何か出てくるかもしれませんよ?」
息巻くソーマを、ワルトはまあまあ、と手で制した。
「ああ、確かに違和感のある受け答えだったよな。でもな、今かたくなに嘘を吐こうとしている人間に向かって『それは嘘だ』と言ったところで、断固として言い張り続けるか、また別の嘘をつかれるだけだぜ。しばらく様子を見て、彼女が自分から真実を話してくれるのを待つ方がいいんじゃないかな」
「でも、それでは時間がいくらあっても足りないのでは? ただ待つだけでは、少佐殿がわざわざ遠征にいらした意味が……」
「おーっと、そこまでだ」
ワルトは口元に人差し指をあてた。
それを見たソーマははっとして、口をつぐんだ。
ワルトは一応、表向きは新兵の遠征隊の一兵士、ということになっている。
今回の任務は新兵と言っても差し支えないくらい若いワルトだからこそ、任ぜられた仕事だった。
エタハ村を含む国境地域では、ある理由から軍はあまり良く思われていない。妙に閑散とした通りを歩きながら、ワルトはそれを肌で感じていた。
そんな村の中へ中央からの軍人が派遣されていることが安易に広まれば、村人に無駄に警戒されてしまうことになる。
だから例え小さな村の路地であっても、位の高い「少佐」の階級名を連呼されては困るのだ。
「すみません。つい、ムキになってしまって……」
ソーマはシュンと頭を垂れて、ワルトの後を大人しくついていった。
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