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その時だった。
一陣の風が吹いたかと思うと、二つほど先の路地で何かがぱっと舞い散った。
「ワルト少……じゃなくてワルトさん、あれは一体なんでしょう?」
二人は早足で舞い落ちる「何か」の近くへ向かった。
ワルトが空中に舞っているものをつかみ、目の前にかざした。
「これは……?」
ソーマが不思議そうに覗き込む。
一方、手にした「もの」を見たワルトの目は、みるみる厳しくなっていった。
「これは……竜の羽根だ。まだずいぶん小さい。仔竜のものだ……」
ワルトが手にした羽根は、ちょうど人間の手首から肘(ひじ)くらいまでの長さで、弓のようにゆるく弧を描いている。
根本付近は白く、羽根の先に向かうにつれて黒のまだら模様が入り、羽根の先端は黒かった。
軸はまだ細く、人間の手でも簡単に折れてしまいそうである。
ワルトは竜の羽根を固く握りしめると、一層歩みを早め、羽根が吹き出してきた路地へ曲がった。
ソーマは慌ててワルトを追いかけたが、路地を曲がったところで急にワルトが立ち止まったので、その背中に思い切り鼻をぶつけてしまった。
「っつ! 急に何ですか……」
ソーマは痛む鼻に手をあてて抗議しようとしたが、ワルトの背中越しに見えた光景に言葉を失ってしまった。
路地を曲がった先は、小さな広場になっていた。
そこに、さきほど会った少女アナくらいの大きさの生き物が、荒い息をしながら倒れている。
黒い斑の翼は無惨(むざん)にちぎれ、辺りにはたくさんの羽毛が散っていた。
仔竜はひどい怪我をしている様子で、起き上がるのも困難な状態だ。
仔竜の体表を覆う淡い緑色の鱗は流れ出した赤い体液でべっとりと濡れており、鼻につんとくる強い刺激臭を放っている。
突如、ワルトはきっと空を見上げ、低い声で叫んだ。
「ソーマ!」
「は、ハイっ!」
ソーマはワルトの今まで聞いたことのない鋭い声の響きに、びくりとして答えた。
「駐屯地まで行って、今すぐ全員屋内退避と伝えろ! 村の住民もだ。急げ!」
「ハイっ!!」
ソーマは返事をすると同時に駆け出した。
今、ワルトが見上げた先にあったものを見て、瞬時に状況を理解したのだ。
先ほどまでワルトとソーマが歩いていた通りを、巨大な生物の影がゆっくりと通り過ぎていく。
村の上空には、野生竜の群れが集まりはじめていた。
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