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竜は、鼻がきく。
遥か遠く離れた場所からでも、容易に獲物の匂いを嗅ぎつけることができた。
この竜の鋭い嗅覚を逆手に取って編み出されたのが、竜よけの香である。香を焚(た)くことで人間の臭いを撹乱し、竜たちから村の存在を隠すことができるのだ。
竜が最も敏感に嗅ぎつけるのは、竜の体液と言われている。その体液が今、目の前の仔竜の体からどくどくと流れ出していた。
いくら香を焚いたとしても、この新鮮で大量の体液の臭いを隠すことはもはや不可能である。
竜たちは、強烈な体液の臭いでひどく気が立っている様子だ。少しでも興奮させれば、たちまち襲われてしまうだろう。
この野生竜たちを村から引き離すには、どうすれば良いのか。
ワルトは必死に考えた。
下手に仔竜を動かせば新鮮な体液が噴き出して、余計に野生竜を刺激するだけである。
「まずは自分の身の安全を確保。対策を練るのはその後だ」
とりあえずは野生竜に気付かれないように、仔竜から離れることをワルトは選んだ。
ゆっくりと、なるべく音を立てないように広場から後ずさりをする。民家の壁を伝い、ワルトは慎重に歩いていった。
路地を曲がり、一息つく。
さて、これからどうするか……ワルトが思案しながらふと、顔を上げると、広場に面した路地に一人の女性が立っているのに気がついた。
よく顔を見ると、それは先ほど訪問した家の少女、エリーだった。
「建物の中に逃げて下さい!」
ワルトは小声で呼びかけたが、声が届かないのか、エリーは道の真ん中に立ったまま動かない。
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