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「軍の退避勧告を聞いてなかったのですか。早く家の中へ!」
エリーはワルトの呼びかけに全く答えない。
ただその場に立ちつくし、じっとワルトの方を見つめている。
上空を舞う竜の羽音が大きくなってきた。
この緊迫した状況の中、エリーは微笑を浮かべているようにすら見える。
「危ないですから。さあ、行きましょう」
ワルトは意を決してそっとエリーに歩み寄ると、その腕をつかんだ。
すると、エリーが突然、肺に吸い込んだ息を一気に出しきったような大きな声で、空に向かって奇声を上げた。
「なんて馬鹿なことを……そんなことしたら、竜どもの格好の標的になるじゃないか!」
ワルトは慌ててエリーの口を手でふさごうとする。
しかしエリーはワルトの手を振り払うと、ふふっ、と笑みをこぼしながら叫んだ。
「やっぱり兄ちゃんの言う通り。兄ちゃんを追う者は、竜を連れてくる。そして私は、兄ちゃんを追う者を殺す。そう、これが神様が私に与えた運命。これが、私の使命!」
そう言うなり、今度はワルトに飛びかかってきた。
ワルトは伸びてきたエリーの手を、ギリギリのところで避ける。
「神様? 何を訳のわからないことを言っている! 神様だかなんだか知らないが、このままじゃ君も一緒に竜に襲われるぞ!」
しかしエリーはワルトの話など一向に耳を貸さずに、再び飛びかかってきた。
ワルトは襲いかかるエリーをひらりとかわし、二人の間に距離をとる。
竜たちが騒ぎ始めた。その興奮した唸り声が、周辺の空気ごと震わせる。
三たび、エリーがワルトに向かって走ってきた。
「ならば、仕方ない!」
そう言ってワルトがエリーに近づいたかと思うと、たちまちのうちにエリーがワルトの腕にふらりと倒れた。
ワルトが飛びかかってきたエリーの懐に入りこみ、腹部に強打を与えたのだ。
ワルトは腕の中のエリーを素早く抱え上げると、近くの民家の中へ運んだ。
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