辺境遠征(前編)

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「軍の退避勧告を聞いてなかったのですか。早く家の中へ!」  エリーはワルトの呼びかけに全く答えない。  ただその場に立ちつくし、じっとワルトの方を見つめている。  上空を舞う竜の羽音が大きくなってきた。  この緊迫した状況の中、エリーは微笑を浮かべているようにすら見える。 「危ないですから。さあ、行きましょう」  ワルトは意を決してそっとエリーに歩み寄ると、その腕をつかんだ。  すると、エリーが突然、肺に吸い込んだ息を一気に出しきったような大きな声で、空に向かって奇声を上げた。 「なんて馬鹿なことを……そんなことしたら、竜どもの格好の標的になるじゃないか!」  ワルトは慌ててエリーの口を手でふさごうとする。  しかしエリーはワルトの手を振り払うと、ふふっ、と笑みをこぼしながら叫んだ。 「やっぱり兄ちゃんの言う通り。兄ちゃんを追う者は、竜を連れてくる。そして私は、兄ちゃんを追う者を殺す。そう、これが神様が私に与えた運命。これが、私の使命!」  そう言うなり、今度はワルトに飛びかかってきた。  ワルトは伸びてきたエリーの手を、ギリギリのところで避ける。 「神様? 何を訳のわからないことを言っている! 神様だかなんだか知らないが、このままじゃ君も一緒に竜に襲われるぞ!」  しかしエリーはワルトの話など一向に耳を貸さずに、再び飛びかかってきた。  ワルトは襲いかかるエリーをひらりとかわし、二人の間に距離をとる。  竜たちが騒ぎ始めた。その興奮した唸り声が、周辺の空気ごと震わせる。  三たび、エリーがワルトに向かって走ってきた。 「ならば、仕方ない!」  そう言ってワルトがエリーに近づいたかと思うと、たちまちのうちにエリーがワルトの腕にふらりと倒れた。  ワルトが飛びかかってきたエリーの懐に入りこみ、腹部に強打を与えたのだ。  ワルトは腕の中のエリーを素早く抱え上げると、近くの民家の中へ運んだ。
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