256人が本棚に入れています
本棚に追加
「お嬢さんに手荒なことをするのは嫌なんだが、状況が状況だから許してくれ。しばらくそこで、大人しくしていてもらうよ」
ワルトは家の住人に手早く事情を説明して、エリーを民家に寝かせた。
突然家に入ってきた軍人に不審な顔を向ける住人を説得するのに、そう時間はかからなかった。
なぜならワルトがエリーを抱えて家の中へ駆けこんだ直後、戸口の前をごうっという音を立てて野生竜が通り過ぎたのだ。
窓や戸、家の壁までもが、野生竜の巨体が通り過ぎた風圧でミシミシと震える。
「もう来ても遅くない頃なんだがな」
窓から野生竜の群れが飛び交う村の上空を見つめ、ワルトは眉を寄せた。
視線を空から家の前の通りに移したとき、目を疑う光景がワルトの目に飛びこんできた。
たった今野生竜が飛び去ったばかりの通りを、無謀にも横切ろうとする人の姿があったのである。
しかもそれは、足元もおぼつかない幼い少女。
エリーの妹、アナだった。
恐らく、家を飛び出した姉の後を追ったのだろう。
このまま通りに出れば、間違いなく野生竜の鋭い牙の餌食だ。
アナの小さな足は、今にも通りに差しかかろうとしていた。
「ああ、もうっ……!」
ワルトは額に手を当てて低く呻(うめ)くと、幼いアナを救うため再び戸口から飛び出した。
素早くアナを抱え、通りの反対側の建物の陰に隠す。
しかし、体の大きなワルトと一緒にいては、逆に野生竜に見つかる危険があった。
ワルトはアナにその場から動かないように言ってから、一人、敢えて通りの真ん中に進み出た。
正面からはワルトを見つけた野生竜が、高度を下げながら真っすぐこちらに向かって飛んでくる。
ギン、という音、続いて耳元でごうっと風が鳴った。
ワルトは腰に下げていた護身用の剣をとっさにひき抜き、野生竜の牙を受けて流していた。
間髪を入れず、別の野生竜が背後から迫る。
ワルトは野生竜の牙を再び剣で払いのけたが、今度は少し当たりどころが良くなかったのか、弾かれて民家の壁に叩きつけられた。
「くっ、こんな細い剣じゃ、あと一回受けるのが限度だな」
護身用とはいえ、ワルトの手にした剣は武器というよりも古き建国時代の軍の装束に習った飾りに近いものだった。
今の野生竜の攻撃も上手く受け流されていなければ、一発で折れてしまってもおかしくないような代物である。
最初のコメントを投稿しよう!