辺境遠征(前編)

15/23
前へ
/194ページ
次へ
 攻撃を受け流された野生竜は再び上昇し、体勢を整えて再び襲いかかってくる。  竜が巨体であるが故に機敏な方向転換ができないことが、唯一の救いだった。  通りに再び、不快な金属音が鳴り響く。  野生竜が過ぎ去った後のワルトの手には、大きく折れ曲がった剣が握られていた。 「万事休す、か……」  ワルトの額に汗がにじむ。  竜が来る。今度はまた正面。  ワルトは使い物にならなくなった剣を投げ捨て、野生竜の進路から逃れようと身を低くした。  しかし、降下のスピードに乗った野生竜はあっという間に迫ってくる。  間に合わない。  竜使いの直感が、そう告げる。  それでも訓練された身体だけは、衝撃に備えて反射的に身構えていた。  そのとき。  どこからともなく大きな羽ばたきの音が聞こえたかと思うと、背後からワルトを追い越していった。  騒がしい音を伴って現れたのは、何十羽もの黒い鳥の群れだった。  鳥の群れはまで黒い弾丸のように、迷うことなく野生竜に襲いかかる。  驚いた野生竜はとっさに上昇して逃れようとするが、おびただしい数の鳥に翼を打たれて失速し、地響きを立てて地面に墜落した。 「助かった……」  野生竜の墜落によって舞い上がった土つぶてを腕で受けながら、ワルトは小さくつぶやいた。  ワルトの危機を救った鳥の群れ。  生まれたての赤子ほどの、鳥としては大きな黒い体を持つこの鳥の正体は、軍用カラスである。  軍の救援が到着したことを悟り、ワルトはほっと胸をなでおろした。  しかし、安心するにはまだ早いことは、ワルトもよくわかっていた。  現状は、まだ一頭の野生竜を落としたに過ぎないのだ。  野生竜が軍用カラスに気をとられている隙に、ワルトは建物の陰に隠していたアナをエリーのいる家の中に避難させた。  アナを家の住人に頼んでから、再び外に出る。  ワルトは野生竜と軍用カラスの入り乱れる上空へ、何かを探して目を凝らした。  そしてワルトは、ようやく目的のものを見つけた。  動揺する野生竜たちの動きを見計らい、通りを村の外、仔竜のいる広場とは反対の方向へ真っすぐに駆け出した。  走りながらワルトは空を見上げ、右手を高く上げて振る。  もうすぐ通りを抜けて村の外に出るというところで、背後から、大きな影がすっとワルトを追い越した。  影が通りすぎると、ワルトの姿は村の通りから消えていた。
/194ページ

最初のコメントを投稿しよう!

256人が本棚に入れています
本棚に追加