辺境遠征(前編)

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 路地から消えたワルトの体は今、空を飛んでいる。  ワルトの右腕は、鼻の上までマスクで覆った男の左手にしっかりとつかまれていた。  制服もマスクも空と同じ明るい青色で、制服には竜と鳥を象った見事な銀の刺繍が施されている。  男は、野生竜とは明らかに見た目の異なる竜の上に立っていた。  その竜の体は図体のでかい野生竜に比べるとやや小柄だが、ずっと体が引き締まっている。  鱗は深い緑色、翼は全体が美しい藍色で、翼の先端、風を受けて上向いている羽根だけが雪のように白かった。  銀製の輪が口の左右に飛び出ており、そこから皮製の手綱が伸びている。 「遅かったじゃないか、テレー」  ワルトは笑顔を向けて男の手を借り、大きな鱗でごつごつした竜の首筋をよじ登った。 「すまない。ワルトからの伝令カラスは朝のうちにこちらに着いていたのだけど、いろいろと調整に手間取ってしまって」  テレーはそう言ってゴーグルに手を伸ばし、きっちりと掛け直した。 「軍用カラスがいるところを見ると、カラス使いのあいつも連れてきたんだな」  ワルトはテレーに背を向け、後方の空を見渡した。  少し離れたところに、人を乗せて飛ぶもう一頭の竜が見える。 「ああ。テサに赴任したとは聞いていたから、応援を頼んだ。それで、状況はどうなっている?」  テレーの問いかけに、ワルトも真剣な表情になる。 「最悪ってとこだな。テレーも見たかもしれないが、さっき俺が走っていたあたりの広場に、ひどい怪我をした仔竜が一頭いる。その体液を嗅ぎ付けて、野生竜が村に集まってきちまった」  ワルトの言葉に、テレーは髪と同じ濃い茶色の瞳を黒縁のゴーグルの中から覗かせ、いぶかしげにワルトの顔を見た。 「傷ついた仔竜だって? 仔竜なんて普通は竜の巣にしかいないはずじゃないか。警戒心の強い仔竜が突然村に一頭で現れるなんて、不自然すぎやしないかな」  テレーは視線を進路に戻し、前方に現れる野生竜を巧みに避けながら言葉を続ける。  二人を乗せた軍竜は翼を傾けて旋回し、野生竜の群れから抜け出した。 「他に何か情報は? 例えば、エタハ村に不審な人物がいたとかいう報告とか」  ワルトはちょっと考えたように少し目を伏したが、「いや、特には」と返事を濁した。
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