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「危なかったな。あのアゴにやられちゃ、軍竜と言えども骨まで砕けちまう」
ワルトは立てた長銃の銃口から昇る煙をふっと吹き、声をかけた。
「すまない。僕としたことが、狙撃にかまけて撃ち損じた野生竜を見落とすとは!」
ゆっくり下降してきたテレーは眉間をしかめた。
完璧主義のテレーにとって、失敗はどんな小さなものでも許されないものだった。
それは例えば、まっさらで鏡のような真鍮板に鈍器で凹(へこ)みを作られたようなものだ。
真鍮の凹みは叩けば形は元に戻るが、一枚の鏡のような反射はどうしても戻らずに歪んだままになってしまう。
テレーは自分の一枚鏡に細かな歪みが少しずつ増えていくのがたまらなく嫌だった。
この歪みが形作っていく模様こそが、数多の群衆からテレーという個人を識別する目印となるなどとは、思いもしないのである。
「だーかーら、こういう時は『ありがとう』だけで十分だって。ほんっと、テレーは真面目なんだな。少しは俺のテキトーさを見習えよと言いたくなる」
ワルトは肩をすくめて笑った。
「終わったなら、もう帰るぞ」
いつの間にか、上空で待機していたスキッダルが降りてきて竜を並べていた。
竜はその重い体を風に乗せるため、適切な風が吹く所、崖や飛竜台(ひりゅうだい)といった特定の場所からしか飛び立つことはできない。
もし竜が平地に降りてしまえば、竜を歩かせるしか移動する方法はないのだ。
つまり、竜は一度飛び立ったら最後、次の着地点まで休むことなく飛び続けなければならないのである。
ワルトたちの軍竜は激しい飛行の後にも関わらずまだ涼しい呼吸をしているが、必要以上に飛ばして疲れさせるのは厳禁である。
それ故に、任務遂行後の速やかな撤退は竜騎士の鉄則だった。
スキッダルは竜騎士ではないが、軍人としてそのくらいの常識は持っていた。
「ああ、協力ありがとう! そちらのカラスの大将にもありがとうと伝えてくれ」
ワルトが片手で敬礼するのを横目で見ると、スキッダルは無言で竜を上昇させた。
それから後方のアレクサスに号令をかけると、軍用カラスの群れを引き連れて飛び去っていった。
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