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夕暮れに染まった田舎道を、一台の馬車がゆっくりと通り過ぎて行く。
古びた車輪がガタガタと音を立てる馬車の荷台には、男達が黙って揺られていた。
男たちが身にまとう深い青地の服。その左肩から縦に走るひとすじの赤い帯模様は、次第に明るさを落としていく視界の中でもまだ目立っている。
「うぅ、腰が痛ぇ……」
沈黙を破って呻いた男は、荷台の先頭、御者と荷台を隔てる壁に寄りかかっていた。
他の男達はきちっと制服を着ているのに、この男だけは制服のボタンを上から三つまで開けていて、ひどくだらしなく見える。
「一体、いつになったらここから降りられるんだ? また今日も日が暮れちまうじゃねーか……」
男は大きなあくびを一つすると、腕をあげてうーん、と伸びをした。
「長旅はまだ慣れませんかな、ワルト少佐殿?」
涙目を指でこするワルトに声をかけてきたのは、隣に座っていた坊主頭の男だった。男の体はいかにも年長者といった、貫禄のある腹回りをしている。
まだ型くずれもしていない新品の制服に慣れない者が大半の部隊の中で、使いこまれた男の制服はひどくその体になじんでいるようにみえた。
「我らの小隊はいつも辺境に派遣されますゆえ、このような旅はわりと毎度のことですよ。もっとも、今回は旅慣れた我々でも少々辛くはありますがね」
坊主頭の男は口ひげをなでながら、得意げにふん、と息をついた。
他の兵士たちは二人の会話を聞いている様子もなく、ただじっと砂まみれの荷台に視線を落としている。
「いや、すまないな、グリンデル中尉。つい口がすべっちまって。そもそも、悪いのはあれだな。急にお出ましになった野生竜の野郎どもだ」
ワルトは苦笑いをして、荷台の板にもたれていた上体を起こした。
当初、辺境警備のグリンデル小隊はもっと早く遠征先のエタハ村に到着している予定だった。
オリス山を通る新道には、硬い岩を人の手で長年かけてくり抜きようやく完成したトンネルがある。
出発地である東部基地からは、そのトンネルを通るのが村への一番の近道だった。
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