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しかし、その新道の周辺で野生竜の群れが現れたとの目撃情報が入り、該当地域に退避勧告が発令されてしまったのだ。
竜が集まりやすい山に近付くのは、自ら危険に飛び込むようなもの。
部隊を率いるグリンデルの判断により、新道のトンネルを通るのを諦めてオリス山をぐるっと迂回する旧道を行くことになったのだ。
この不測の事態のせいで予定では村まで一日の旅程だったのが、今日でもう三日目に突入しているのである。
「いやはやしかし、ワルト少佐もお気の毒ですな。中央特務部隊というエリートのあなた様が同行なさっている時に限って現れるとは、野生竜どもも空気を読まない奴らです」
「まったくだよ。念のために長めの日程で遠征申請しといて正解だったな。日程が余ったら休暇にしていいと言われたから喜んでいたのに、ほんと世の中ってのはよくできてるよ」
ワルトは自分の短い黒髪を手でがしがしとかき、不満そうに鼻を鳴らした。
「どうです、ワルト少佐。ここは一つ、国内随一と噂される若き竜騎士の腕前を発揮して、新道の野生竜どもを手なずけてみますか」
いたずらっぽい口調で、グリンデルがにやりとワルトに目配せをする。
ワルトはそんなグリンデルを見て、頭にやっていた手を興味なさそうにひらひらと振った。
「いやいや、竜騎士ってのはあくまで調教された軍竜の使い手さ。野生竜のお相手をするなら、それは調教師のお仕事だ。俺の役じゃあないね」
そう言ってからワルトは組んだ両手を見ながら頭の上に上げ、再び体を伸ばした。
ワルトは正直、この手のお世辞は聞き飽きていた。
将来有望な人材が多い中央特務部隊に所属すると、途端にこうしたお世辞使いがうようよと寄ってくるようになるのである。
もちろん軍での出世に関して言えば、特務部隊への所属は非常に有利な足がかりとなるのは間違いない。
特務部隊内部の人間にも、先々の昇進ために熱心に人脈づくりに励む者は多かった。
だがワルトは、今のところ出世に特別なこだわりを持っているわけではない。
そうした政治的な付き合いに費やす時間があるなら、自分の竜の世話をしたい。
そう思っていた。
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