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昼下がり。
朝まで降っていた雨も上がり、雲間から陽が差しこんだ。
朝方に呼ばれたときにグリンデル中尉から渡された地図を手に、ワルトはある民家の前に立っていた。
薄い木板を数枚並べて張り合わせただけの、なんとも頼りない扉。大人の男が強く蹴りを入れようものなら、たちまち叩き割られてしまいそうである。
戸口に立ったワルトの頭上には、屋根が短く突き出ている。
その軒先は、まだ朝の雨を滴(したた)らせていた。
村の中では、さすがにワルトも制服のボタンを上まできっちり留めていた。
ワルトの隣には、同行したソーマも立っている。
コツコツ、とワルトが戸を叩くと、部屋の奥からトタトタと元気な足音が駆けてきた。
足音が戸口まで来たかと思うと、木製の薄い扉が音を立てて勢いよく開いた。
「兄ちゃんっ!」
扉から飛び出してきたのは、まだ小さな女の子だった。
女の子は一目散にワルトの膝に抱きつくと、ぎゅっと腕に力をこめて顔を埋めている。
ワルトが呆気にとられていると、開いた扉の奥から、若い娘の声がした。
「待ちなさい、アナ! 兄ちゃんじゃなくてお客さまよ」
奥から姿を現した少女は、ソーマと同じくらいの年に見えた。
粗い編み目の、やや黄ばんだ白布でできた簡素な服。貧しい身なりをしているが、長く伸びた黒髪はきちんと後ろに束ねてあり、清楚な印象を与えている。
「すみません。兄と同じ制服で背格好も似ていらっしゃるものですから、妹もすっかり兄と勘違いしてしまったみたいで……」
アナと呼ばれた女の子は膝の主が兄でないと気づくとぱっとワルトの膝から離れ、今度は少女の膝裏に隠れてしまった。
「ごめんなさい。ちょっと人見知りな子なんです。ほら、アナ。お客さまに失礼でしょう」
少女はそう言うと、膝の後ろからアナを引っ張り出そうとした。
「いやいや、お気遣いはいりませんよ」
ワルトは怯えた目で見つめてくるアナに向かって、にっこりと微笑んだ。
それから改めて姿勢を正すと、少女と正面から向き合った。
「私は帝国軍所属のワルトと申します。隣に控えているのは、ソーマです。失礼ですが、あなたがエリー・ベルクさんですか?」
「はい、そうですが……」
黒髪の少女エリーは、こちらの意図を探るようにゆっくりとうなずいた。
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