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日中のほとんどを家ですごす母は、近所のことをよく知っていた。どんなちいさな噂でもたちまち耳に入っていた。帰宅すると、まずは今日一日の出来事を聞きたくもないのに聞かされる。
「それはそうと、となりのアスカちゃん、今朝生まれたんだって」
アスカというのは、隣家で飼われている三歳になるメスの柴犬のことである。大きなお腹を抱えながら散歩につれていってもらってるのを見たことがあった。
「へぇ。何匹生まれたの?」
「四匹。一匹もらう?」
「いらん。世話するの、たいへんだし」
「かわいかったわよ」
「ふうん」
父が単身赴任なので、家には普段誰もいない。一人娘の私は成人して会社務め。母は暇なのかもしれない。
翌日、さらにその翌日と、アパートは次第にその形を失っていった。このぶんだと一週間もすればきれいに消滅してしまうだろう。
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