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バイクって……どう?
「はい?」
いつもの喫茶店で、パスタを口に運ぶフォークを止めたのは、あいつの一言だった。
「だからさ、バイク買おうと思うんだけど、どう?」
「…………」
俺が無言だったのは、パスタを口に含んでいたのと、呆れ果てた為。
「どうって、買ってどうするよ?」
「それでさあ!」
いきなり奴の瞳が輝いた。
身を乗り出して話し出す。
「俺ってインドア派だったけど、やっぱ人間変わんないとさ! バイクって男の夢的なところあるだろ? だからこの夏は一気に外へ羽ばたこうと思うんだよね! そしたらさ、彼女なんか後ろに乗せてさ、海なんかに行ったりしてさ!」
奴が熱く語る間にパスタを食べ終わり、デザートのクラッシック・ショコラを堪能し、コーヒーも飲み終えた。
「お前さ」
「うん?」
更に大きな夢を語りそうな奴を、俺の冷静な声が遮った。
「自転車に、乗れたっけ?」
「う!」
奴は呻くと、椅子に深く座り俯く。
「俺さ、昔1日付き合ったよな? 自転車の練習」
「……」
今度は奴が無言になったが、それは痛いところを突かれ気分が下降したからだ。
「チャリでさ、どうしても真っすぐ進めなくて、何度木にぶつかった?」
「で、でもさ! バイクって安定しそうじゃ……」
「そもそも運動神経まったく無いよな!」
調度いい。ストレス発散にズケズケ言わせてもらおう。
「野球すれば空振りフルスイングでトリプル・アクセル決めるし、サッカーすれば両足でボールに飛び乗ってコケるし、バスケすれば手鞠のようなドリブルしながら、コート出て壁にぶちあたるわ、水泳では泳ぐ度に前に進まず下に沈むわ……」
「わかった! わかったから!」
言いたい事はもっとあるが、奴が必死に止めてきたのだ、これくらいにしてやろう。
「じゃあバイクは?」
「やめる。やめればいいんだろ!」
すねた奴に冷笑を返して、俺は冷めたコーヒーの最後の一口を飲み終えた。
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