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いつもの喫茶店に、あいつは来なかった。
総務部1課の手伝いで、朝から会っていないのだが。
俺はいつも通りにランチを食べ、アップルパイを堪能し、紅茶をゆっくりと飲んだ。
あいつへの心配は、1ミリも無い。
「あれ?」
会社に帰ると、デスクでメロンパンを貪っている奴がいた。
「総務部の方終わったのか?」
「むー」
ハムスターのように頬をふくらませ、奴は大きく頷いた。
「喫茶店来たらよかったのに」
「ぶぶぶぼ」
「食ってから喋れ」
隣の席に座り、パソコンの電源を入れて、奴の言葉を待つ。
………。
俺は、2個目のメロンパンを取り出した奴を、無言で殴った。
「何すんだよ!」
「俺が言いたいよ!」
抗議する奴に、被せぎみに怒鳴り付ける。
渋々パンを置いた奴は、一つため息をついた。
「俺、引越しするから節約してんの」
「ほお。やっとその気になったか」
奴の築49年のアパートは、風呂無しトイレ共有、エアコン無し。大学に入学してからなので、かれこれ10年は住んでいる。あ、入居時に49年だから、もう59年か。
とにかく、早く引っ越せと事あるごとに言っていた。
「うん。隣の5号室に」
「なんだそれ!」
思わず立ち上がってしまった。
「あのさあ。暑いじゃん、夏。今年も」
俺の驚きを、いつも通りののんびり顔で受け流し、奴は少しメロンパンをかじった。
「エアコン買うんだ」
意味がわからない。
いつも通りだが。
「んで、5号室に付けるつもり」
「自分の部屋に付けりゃあいいだろ!」
奴は俺を呆れたように見詰めた。
「部屋片付けなくっちゃいけないじゃん」
……俺は力無く椅子に座り、ため息を吐いてから、言った。
「エアコン付きの部屋に、引越す選択はなかったのか?」
奴の手からメロンパンが落ちた。
「その手があったか!」
俺は更に大きくため息を吐いた。
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