オレンジ街灯

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 空は真っ暗だ。ただ雪が果てしなく降っている。  サソリから逃げ続ける哀れな英雄オリオンも、かつて古代エジプトでナイル川の氾濫を知らせ恵みの水をもたらした青いシリウスも、女神の怒りを買い鹿に変えられてしまった主をもつ猟犬も、この冬の空を賑わす星々は何も見えない。  星だけでなく、普通なら遠く見えているはずの村の明かりや街灯、車の光も見えない。  見えるのは行く道を細々と照らしている街灯と、通り過ぎる家々から漏れる微かな温かい光だけ。  美雪は辞書の入った重い鞄を、かじかみ痺れた右手から左手に持ち直すと、傘をずらして、遥か上空を仰ぎ見た。  底なしの穴のような真っ暗な空から、雪がくるくるとまるで舞台の紙吹雪のように舞い踊り落ちてくる。落ちた雪が、美雪の頬に、まつげに降りかかる。降りかかった雪はじんわりと溶け、やがて水滴となった。顔が濡れるのも構わず、美雪はじっと空を見上げる。  赤い鼻に口を半開きにして、雪が降る中、空を見上げている少女は、ひょっとして誰かがどこかで見ていたなら変なふうに思われたかもしれない。    暗い空から後から後から絶え間なく落ちてくる雪を見ていると、まるでそれが無限に続くかのように美雪には思われた。  星も雲も見えない、静寂の闇。見ていると吸い込まれそうになる。体が宙に浮いて、あの深い穴の底へ吸い込まれそうな気がしてくる。本当は、上空に宇宙なんてないんじゃないか。天は実は底なしのブラックホールで、吸い込まれた光が、時々こうやって雪になって落ちてくるんじゃないか……。  寒さも忘れて、美雪は空を見上げる。  空は真っ暗だ。ただ雪だけが果てしなく降っている。
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