オレンジ街灯

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 美雪は出来ることなら足を止めて、雪が落ちてくる様をずっと見ていなかったが、そうはいかない。まだ学校から家に帰る途中なのだ。  美雪は傘を元に戻すと、鞄をもう一度持ち直して歩き始めた。  雪の美しい夜に生まれたから美雪と名づけたのだと、父は言った。  だからだろう、美雪は雪が好きだった。  特に、晴れた日に太陽の光を眩しく反射する、鳥の足跡ひとつない雪を見るのが好きだった。庭の木に雪が降り積もり、晴れた夜の月の光に照らされたそのシルエットを見るのも好きだった。ギュッ、ギュッと音を立てて新雪の上を歩くのも好きだった。  朝早く起きてする雪かきは大変だけれども、美雪はすすんで手伝った。重い雪をかいてもかいても、雪はとめどなく降り続き、きれいにしたアスファルトをまた白く染めていく。少しの絶望を感じながらふと視線を回りにやると、灰色の空の下、どこもかしこも真っ白に埋まっている。  大地を埋め尽くす雪から見ると、自分なんてちっぽけなものなのだ。小さな自分の、小さな絶望を鼻で笑い飛ばし、美雪は雪で濡れたのか汗で濡れたのか分からなくなった前髪を払って雪かきを続けた。  雪は絶望も希望も全て飲み込んでいるかのようだった。それも全て含めて、美雪は雪が好きだった。  通っている中学校の理科の先生が、雪の結晶には同じ形のものがないと言っていた。確かに、何億人もいる人間だって、どこか違う。そっくりの双子だってどこか違う。だが、無限に降り続くかのようなあの雪に、二つとして同じ形ものがないことは美雪には信じがたいことだった。  小学生の頃、まるでクリスタル細工のような雪の結晶が見たくて、虫眼鏡を持って外へ出て、空から落ちてくる雪を虫眼鏡で受け止め、覗いてみたことがあった。だが雪は、虫眼鏡の表面にたどり着いたとほぼ同時に水滴になり、結晶を見ることが出来なかった。しかし、寒く冷えた日の朝などは、まだ冷たい太陽の光に照らされて輝く雪の形を、虫眼鏡を使わなくても――大まかにではあるが――見ることが出来た。  今この時だって、冷たくなった手袋に落ちる雪をじっと見たら、六角形のその形が分かる気がする。  雪を踏みしめ、美雪は道を歩いた。
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