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農夫の答えに、訳が分からなくなった美雪はもう一度農夫に尋ねた。
「どうして踊ってるの?」
「生きてるからでさぁ」
同じ質問に苛立つ様子もなく、農夫はどこかのんびりと陽気な口調で答えた。
「踊るのを止めたら、どうなるの?」
「そらぁ、死んでしまわぁなぁ」
そう答えた口調も、どこかのんびりとして陽気で、他人事のようだ。
タタン、タタン、タタン……。
ステップを踏む農夫を、オレンジ街灯は、光を弱めたスポットライトのように優しく照らしている。
「帰らなくていいの?」
「オイラにとっては、ぜんぶが帰る所でさぁ」
農夫はやはり、美雪の方を見ることなく答えた。
美雪は何故か胸がいっぱいになって、それ以上は何も聞けなかった。
何も言わずにただ農夫の踊りを見ていると、懐かしいような、そのステップのリズムをどこかで聞いたことがあるような、ずっと聞いていたような気がしてきた。
ふと美雪は、思いついた質問を農夫に投げかけた。
「雪はどうして降るの?」
答えを求めていたわけではない。ただ何となく、農夫がどう答えるのか知りたかったのだ。
農夫はやはり一定のステップを刻みながら、しかし時々不規則になりながら答えた。
「天がそれを望むからでさぁ」
美雪はしばらく黙って農夫のステップを見ていた。
暗い空の下では、白くにじむ雪も、オレンジ色の光の下では少し灰色がかって見える。
雪がしきりに降り続く日の夜のこの沈黙の暗闇を、美雪は恐ろしいと思ったことがなかった。
全ての光を飲み込んだこの暗闇は、どこか懐かしい、あたたかい感じがした。覚えていないけれど、生まれる前、ひょっとすると自分はこんな暗闇の中にいたのかもしれない。
その暗闇の中、オレンジ街灯の下のこの空間だけが、切り取られたように異様な雰囲気を出していた。
「どうしてここで踊ってるの?」
美雪の質問に、農夫が初めてこちらを見たような気がした。
「アンタさんが思い描いたからでさぁ」
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