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オレンジ街灯は、暗闇の中、ほっと安堵のため息をつきたくなるようなその光で照らしてくれる
。
だが、ここはまだ目的地ではない。
タタン、タタン、タタン……。
農夫のお世辞にも華麗とは言えないステップを見ながら、美雪はふと感じた。
農夫のこのステップのリズムは、心臓のそれに似ている、と。
そう思った途端、ざわざわと鳥肌が立ち始める。
そうだ、間違いない。心臓のリズムに似ているのだ。
「あなたは、誰?」
少し震える声で美雪は尋ねた。 震えているのは、恐怖からではない。ぞわぞわとした鳥肌は頭にまで達し、ピリピリと緊迫して少し痛いくらいだった。
「オイラは、オイラでさぁ」
農夫はそれでもステップを止めない。
タタン、タタン、タタン、タタタン、タン、タン、タン、タタタン……。
農夫は心臓のステップを休むことなく続ける。雪も止むことなく降り続ける。風に吹き上げられ、小さな竜巻を描くかのようにくるくると。
ああ、きっと。と、美雪は思った。例え宇宙旅行が出来る日が来ても、人間は何一つ分からないだろう。もっともらしい理由をつけても、分かる日など来ないだろう。
風に吹かれた雪が舞い降りるその先も、ブラックホールのような穴から雪が落ちてくることも、人間自身のことも。
何故、農夫がこのオレンジ街灯の下、雪の中で踊り続けているのかすらも。
それを思うと美雪はほっとする。雪の中に寝転んで、ありがとう、と全てを抱きしめたくなる。
気付けば農夫の幻は消え、真っ黒の空間に、オレンジ色の街灯の光と、止む気配なく降り続く雪だけが残された。
美雪は冷えた体をぶるぶるっと震わせると、再び歩き始める。
ふと視線を感じて立ち止まり、振り返ればオレンジ街灯が、美雪を見送るようにして、名残惜しそうに雪が降り積もる中じっと立っている。それとも、名残惜しいと感じているのは自分のほうなのだろうか。
どちらにしても、それでも、歩かなければならない。
もうすぐ家だ。
美雪は重い鞄を持ち直すと、歩き出した。
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