第1章

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しかし、深刻に悩んでいても他人から見ればただの不審者である。 一日中道端で突っ立っていたって誰か助けてくれるわけでもないし、それどころか通報されて職務質問でも受けるのが関の山だ。 そんなことになったら大変にもほどがあるので今できることをしよう。歩こう。 歩けば道はおのずと開かれるのだ。というようなことを言ってたのはアントニオ猪木だったか。違うか。でも猪木だってある日突然朝起きて性別変わっちゃってたら、そんなことも言ってられないだろう。ところでビックリしすぎてヒゲ剃ってる時もあんま顔見てなかったんだけど、見た目イケてんのか。どうなんだ。 ああ、それにしても暑いな。まだ5月だっていうのに夏みたいじゃないか。 果てしなくどうでもいいことをずるずる考えながら歩いていたら、 あ。 駅に着いていた。 コーヒー、飲もうっと。 窓際の席で外を眺めながらアイスコーヒーを飲んでいるうちに、この退引きならない現状を忘れていた。 「すいません、ここってタバコ置いてますか?」 カウンターに行き、店員のおばちゃんに声をかけると 「どれになさいますか?」 タバコの入った籠を差し出される。 「えっと、私これで」 ひとつ抜き取り差し出すと今までにこやかだったおばちゃんの顔が途端に曇り、差し出した金を引ったくるように受け取ると奥に引っ込み、もう1人とこちらを見ては何やらヒソヒソやっている。 …なにあれ。感じ悪ーい。 ムッとしながら席に戻り、タバコをくわえてやっと思い出した。 男だった! 一瞬にして恥ずかしくなり、慌てて店を出る。 いやー、参った。完全に女として喋っていた。そりゃおばちゃん驚くわ。 どっと疲れて今度は駅前のベンチに座り込んだ。 これからこんなんで私、どうするんだろう。 どうやって生きていけばいいのだろう。本当に本当に、どこ行っちゃったんだろう、今までの私。
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