第1章

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両手で顔を覆い、そしてふと気づいた。 もしかしたら、今まで私が記憶していると思い込んでた私は修二が見ていたただの夢だったんじゃ!? そういえば今朝起きたとき、夢を見ていた気がするし。何かの食い違いで修二の記憶と夢が入れ替わってそれで私が私の記憶に… ええい!ややこしい! …だけどもし 「あのう」 誰かの声で思考を中断させられる。 でも今私それどころじゃ 「あんた、大丈夫かね?」 はっとする。 また挙動不審な動きを 「あ、ごめんなさい私今考え事しててそれで」 思わず口をついて出た女言葉に再び激しく後悔しながら声の主を見ると、哲学者然としたおっさんの顔には、やはり陰りが浮かんでいた。 またやっちゃった…。 でもこんな時に話しかけてくるあんたが悪いんじゃないか。 逆ギレしながらなすすべもなくおっさんを見つめていると、 「…あんたもいろいろ大変だろうけど、まあまだ人生は長いし道は開かれている」 わかるようなわからないような、とにかく全く意味のない言葉を残し、発泡酒を私の手に握らせると、異臭を放つ哲学者は駅の中へと去っていった。 同情された。そして施しを受けた。あの人の方が大変だろうに。 しばしやりきれない思いを胸に、ホームレスが去った方を眺めていたが、さっき気付いたことを思い出した。 私の記憶が夢だとしたら。 それが正しいとしたら今までの私がいた学校とか職場とか、友達とか全部、現実には存在しないってこと? そんな…。 思わず立ち上がる。行ってみよう。行かなきゃ。確かめてみなきゃ。 行ってみたところで今さらこの事態の何が変わるわけでもないのはわかっていたし、それどころかより一層混迷を極める結果になりそうなことも予想はついたけど、目的ができただけで少し気分が楽になった。 発泡酒を握りしめ、改札を通り抜ける。 挟まった。 派手な音が鳴り響く。 切符買うの忘れた。 ゴミ箱で雑誌を漁っていた哲学者がこっちを見ていた。 …………。 こいつスイカも持ってないんだもんなー。どんだけ社会生活破綻者だよ。 もはや自分の身体をこいつ呼ばわりである。 しかもスイカ持ってないくらいで生活破綻者とは、理不尽も甚だしい。 たかだか電車に乗るだけなのにコントみたいな有り様で、ようやく車両に乗り込んだ。
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