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元々大学時代に知り合ったその友人は、学生の頃こそちゃらんぽらんと過ごしていたが、絶対あいつ留年するとさんざん周囲から言われながらも四年で普通に卒業した。傍から見ていて、どう考えてもクリアできなさそうな単位数であったり、試験数であったりしたから、人脈に物を言わせてなにがしかの裏技を使っていたのかもしれない。そういう点で、彼は元来、要領よく、抜け目ない性格だったのだろうと今ならば思う。
あいつから電話が掛かってきたのは、卒業後いったん実家に帰り、そこそこ親に面目の立つような会社で働き始め、半年ほど経った頃のことだった。
直に話そうということになって、会った。
一目見ただけで良い物だと自分のような人間の目にもわかるスーツに身を包み、あいつは別人のような顔で目の前にいた。
あれこれと考えたところで詮無い思考を巡らせている間も、彼女はためらいなく歩きつづけていた。
肩甲骨あたりまで伸ばしたストレートの髪が見えているばかりで、顔のほうはちらとも見えない。
ふと、昔の妖怪話に出てくるようなのっぺりと顔の無い女を想像した。
駅前の大きな道からは離れていっており、それにつれてだんだんと無機質な街灯が寂しく並ぶようになっていた。寒々とした光景に、背中を見ることしかできない退屈さもあいまって、それで怪談のような空想がよぎったのかもしれない。
愉しい、と感じていた。
めずらしいことであり、相当久しぶりに感じる感覚でもあった。
家を出るのは、飯と酒とを買いに行くときと、三日にいっぺん煙草一箱を買いに行くときだけだ。誰ともまともに話さず、いったいどれだけ経つだろうか。
電話はとうに止められている。
アパートの状差しに督促状のようなものがぎっちりと突っ込まれているが中身を見たことはおろか、数えたこともない。
近頃では、日一日と、自分が腐っていくように感じていた。実際に自分の身体が腐臭を放ちだしているのではないかと感じることがあった。
だからこれは、ほんのささやかな娯楽だったのだ。
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