銀河の聲

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 女が角を曲がった。  いつか見たテレビドラマか何かでは、尾行する側の者はいかにも怪しいことをしているといわんばかりに尾行していたが、そんな馬鹿なやりかたはしないでおこう。  普通に家路を辿っている者のように振る舞うのだ。  多少コンビニ袋が音を立てようとも憚らない。  足音を潜めるようなこともしない。  少ししてから自分も角を曲がった。  まだ風は冷たく、時折通りすがりの家の垣根から、沈丁花の香りが漂ってくることがあって、そのたびに甘ったるく誘うような匂いが、ひりひりとした緊張と暗い衝動とを掻き立てた。  女は振り向かなかった。  第一、この道を行くのは自分ばかりではなかった。相当な間隔が開いてはいたが、前後には、駅から吐き出されてねぐらへと急ぐサラリーマンや学生と思しい若者たちの姿もあった。  だから、50メートルほど先を行く彼女の方も、まさか尾行されているとは思っていないだろう。  そう思う一方で、胸の裏のあたりで何かがザワついているような感覚もあった。ムカデの足の動きのようなそれが、胸の裏をくすぐり、チクチクと刺して疼かせる。  もしかすると、次の瞬間には振り向くかもしれない。  知らない女の顔がまっすぐに自分を見て、信じられない、という驚きと、非難と嫌悪の入り交じった顔つきで、自分を見ているかもしれない。  いや、ただ尾行しているだけだ。  彼女に何かしようとしているわけじゃない。  だいたい、この口でそうだと言わない限りは尾行しているとバレることもそうないだろう。たまたまこの辺りを歩いているだけのことだ。  そう言い聞かせても、「尾行している」ということへの後ろめたさと暗い昂揚は、脈打つように刻一刻と強くなっていった。
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