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夢から覚めてしまったような落胆と、ほんの少しの安堵とが混ざり合い、溜息となって片足立ちのようになった胸の中を抜けていった。
あたりを見回してみると、町が変わっていた。
路線の違う駅の近辺まで来ていたことに気がついた。ここから歩いて帰るとすると面倒な距離だ。
とっくにぬるくなっているだろうビールの袋をぶら下げて突っ立っている自分が滑稽だった。
もとが気紛れからの尾行ゲームではあったが、独り相撲を取ったような、肩すかしを喰らったようなこの結末が、気にくわなかった。
この結末を予想できなかった自分に対する腹立ちも苛つきの理由の一つであるようだった。尾行ゲームというくだらない試みに一瞬のみならず昂揚し、あるいは罪悪感のようなものに神経を張り詰めた。そうやって少しでも心を動かした自分が堪らなくくだらない人間に思えた。
実際、くだらない人間ではないか。
だが、それらばかりがすべての理由というわけでもないようだった。
腹の奥底に疼いていたものが、今はじくじくとした痛みに変わっていた。
認めたくない、わけのわからない憤りを持て余しながら元来た道を引き返す途中で、サンダルを引きずるような音を聞いた。目を上げると、車道を挟んだ向こう側の歩道に、腰を曲げて歩く人の姿が見えた。
おそらく男だろう。それも年取った男だ。
片手には時折ホタルのように明滅する赤い点が見えた。
車道を一台の車が、自分と対岸の男との間を切り裂くように走り抜けていって、風向きが変わったのか、ほんのりと煙草の臭いが鼻先を掠めた。
そうやって口元とをいったりきたりしている手とは反対の、もう片方の腕は何かを抱えているようだった。身体の陰になっているせいもあって、目を凝らしても見えない。
車道を挟んだ形で、いつしか老人を追うように歩いていた。
一台のタクシーが向こうからやって来た。
ヘッドライトが道沿いの建物を舐めまわしながら次第に強く明るくなり、老人をも照らしていった。老人は手に洗面器のようなものを抱えていたようだった。
一瞬の間、老人を隠してタクシーが流れ去った後、見ると、かの老人の背は古びた建物の暗い階段に飲み込まれようとしていた。
そして瞬いている間に上階へと消えた。
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