銀河の聲

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 坂をのぼっていた。  知らない街の知らない坂道だった。  あの家には、老人には、待つ人はいなかったのかもしれない。十年後の夜にも、あの老人はあの窓の明かりを点けているのだろうか。  行く手の坂上に何気なく見えていた黒い点のような人影が、だんだんと大きくなって迫っていた。  歩くのが酷く遅いのだろう。酒に酔っているらしく、見ていると歩道の幅を右に行ったり左に行ったりと蛇行している。やや猫背の背を丸めて、背広の男は今にも立ち止まってしまいそうなほど、頼りなく、ふらり、またふらり、と歩いていた。  道の両脇には住宅街が広がりはじめていた。  夜目にも一律パステルカラーとわかる、似非洋風の建物の屋根が、折り重なるようにして淡い夜空に影絵をつくっている。  どれもがここ十年以内に建てられたような、きれいで清潔で、ホームドラマに出てきそうな、玩具のような家だったが、玄関先に放り出されているホースリールや三輪車が、この玩具のような家々も息吹いているのだと静かに語っていた。  男の家もこれらの中にあるのだろう。  そう思って見ていると、前を行っていた男の身体が急に崩れた。  アスファルトに蹲るように背を丸めてしまったのを見て、慌てて駆け寄った。  腕を取って引っぱり上げようとしたが、やたらと重くて容易に上がらない。  大丈夫ですか、と問おうとしたが、何日も喋っていなかった喉はこびりついたように嗄れていて声にならなかった。  駄々をこねるような呻き声が足許から聞こえたが、何と言ったのかまではわからなかった。どうあっても地面に張り付いていたいのか、ぐねぐねと重い腕に手を振り払われて、途方にくれていると、淡く霞でいた周囲が、不意に、事切れたように暗くなった。  振り返ってみると、反対側の丘陵に立っていたゴルフ練習場のシルエットが見えた。ナイターの明かりが落ちたのだった。  パステルカラーの家々も眠るように闇に沈んだ。  明かりの潰えた先を見ていたのは、ほんの短い間のことだったのだ。  なのに我に返って見ると、先程まで足許危うく歩いていた酔っ払いの姿が見えなくなっていた。  あれほどに前後不覚の様子だったものが、いつの間にどのようにしてまた立ち上がり、歩いて行ったのか見当もつかなかったが、さまよえる会社員も、これらの玩具のような家々の一つにとうとう帰りついたのかもしれなかった。
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