四刻「灰雛と日常と現実と非日常と非現実と」

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「すみませんけど、席はそこら中に余ってると思うんですけどね?」 とわざわざ私が言ったにも関わらず、どこに目の前に座ろうとする蛆蟲が居るよ……? 「あはは、いや、あなたにお話がありましてね。本当に探しました」 「!?」 とても……とてもとても嫌な声、 を思い出した。口が開き、声が喉を通り、吐き出された瞬間、背筋がゾクッとするのが鮮明にわかった。 間違いなく、奴だと思った。 が、少し違う……。 声色は似ている、いや、その点においては似すぎだった。間違いなく奴だと思ったくらいなのだから……。 でも明らかにそのしゃべり方が違う……その声にはやわらかな優しさがある。だがまあ所詮は作った笑顔のチャラついた蟲ではあるが……。 それに、いま再び奴に相見えたところで、なにをするとも判断できない。 とりあえず、相手には少々理不尽だろうが、むかつく。 これだけ広い店内で、まずもって赤の他人に話しかけられること自体が不愉快だった。 「まりー。君も挨拶を……?」 振り返った途端男は慌て、ばつの悪そうな顔を見せる。 ぴょんぴょんぴょーん ぴょんっぴょん 少々後ろではレジの前で相変わらずドールが跳ねていた。 油ものの臭いがあるマッドナッドの店内には似つかわしくない少女。 まるでぴょんぴょんと音が聞こえそうなくらい元気に飛び跳ねている……姿は消え入りそうなくらい儚いのに、ほっぺをいっぱいに膨らませてこちらを堂々睨みながら……。 慌てて男は席を立ち上がったかと思うと、急いでレジへ駆け寄った。
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