四刻「灰雛と日常と現実と非日常と非現実と」

12/42
前へ
/382ページ
次へ
「なっ……!!」 「まあ……正しくは耐えられなくなるんですよ。あなたは元はといえば人間といういち動物です。ほんの一握りを除いて、出来事をすべて精細に鮮明に記憶に残すこともないでしょうし、自分の人生すべてに起こった物事なんて覚えているわけがないですよね?」 男は少女のドールから手を離し、一歩、一歩、近づいてくる。まだ幼女と言ってもおかしくはないだろう女の子は、じっと私の瞳を見据え捕らえて離さない……。 その奇妙な張り詰めた緊張感と重圧は、この真夏の空の下で、私に汗ではなく、冷や汗を思い出させた。 (なにを私は奥底からじわっと沸き立つような畏れを抱いているの……なにに怯えてるの……) 「人間一人がもてる記憶量なんて、特殊な人間でない限り高が知れています。いや、それでも「全て」ではない。なのに、あなたが人を殺した際には、その人間の過去未来全ての記憶とは言えない鮮明過ぎる「記録」と「感情」を一度に脳に焼き付けられるはずです。肉体ではない感覚だけとはいえ、元が人間のあなたには想像以上の活動電位(ニューロンで発生する電位)が伝わり、膨大な伝達量に神経系は焼け付き焦げ、それはひどい頭痛……いえ悶絶の苦痛を招いているでしょう? 今のあなたはどうあれ、元は普通の人間だ。生態機能を記憶している、全身の細胞ひとつひとつに刻み付けられているその肉体が、脳が・・・いつまでもそれに耐えられると思いますか……?」 「それは……!」 「そして何より……あなたの心がいつまでも耐えられますか……?」
/382ページ

最初のコメントを投稿しよう!

115人が本棚に入れています
本棚に追加