はまなすの頃

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「逃げよう」 学校の帰り、僕は、自室にあった値打ち物を全部売り、上級生が下校するのを待った。 校門の前で、兄を捕まえ、そのまま嫌がる兄を強引にバスに乗せ、汽車に乗せ、僕の母方の親類がいる地方に向かった。名も知らぬ駅で一晩明かし、今こうして名も知らない海岸にまで連れ出した。 結局、僕に従った兄を、その当時は、彼も逃げ出したかったからなのだろう、と理解したが、 今思えば、彼はその後も予見した上で、全てを終わらせたかったのかもしれない。 僕は、彼を助けたかった。 あの暗く重い闇から、逃してあげたかった。 『たすけて』 涙で訴える濡れた瞳を、忘れられなかった。 兄は、 実父に。 圧し潰されていた。
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